蔵書の処分で相見積もりを取るとき、最初にしてほしいこと
先日、福岡市内で、長く大学で教えておられた方の蔵書を見てほしいというご依頼がありました。
本棚には、その方が研究してこられた分野の専門書が並んでいました。
一冊ずつ見ながら査定をしている途中で、翌日にも別の古書店が査定に来る予定だと知りました。
いわゆる「相見積もり」です。
今回は、この相見積もりについて、買い取る側から少し書いてみます。
なお、どなたの蔵書をどこで拝見したか、これ以上具体的に書くことはありません。伺った家のことを外に出さないのは、この仕事の最低限だと思っています。
相見積もり、歓迎します
最初に書いておくと、相見積もりは歓迎します。
自分が逆の立場でも、長く持っていた本や、家族が残した蔵書を手放すのであれば、何軒かの意見を聞きます。
古書店によって、得意な分野は違います。
同じ本を見ても、欲しいと思う店もあれば、すでに在庫を持っている店もある。査定額に差が出るのは当然です。
比較すること自体は、まったく自然なことです。
ただ、先に教えてください
ひとつだけお願いがあります。
「ほかの古書店にも相談しています」
これを、最初に教えてください。
相見積もりだと分かっていれば、こちらもその前提で本を見ます。
なかには、
「ほかの店に渡るくらいなら、少し頑張ってでも買いたい」
と思う本があります。事前に分かっていれば、その判断を最初からできます。
逆に、専門外だったり、在庫の都合で積極的に買えなかったりするものもある。それも、はっきりお伝えできます
相見積もりだからといって、査定額を下げることはありません。むしろ、先に分かっていた方が踏み込めます。
相見積もりなら、まず写真を送ってください
そして、ここが今回いちばんお伝えしたいことです。
複数の古書店を比較するなかで、私にも査定を依頼してみようと思われたのであれば、最初から訪問査定でなくて構いません。
まず、本棚の写真を送ってください。
一冊ずつ撮る必要はありません。本棚全体と、背表紙がある程度読める写真が何枚かあれば、最初の判断はできます。
写真を見て、
「これは実際に見てみたい」
「写真だけでもある程度の査定ができる」
「今回は私の得意分野ではない」
このどれかを、こちらからお伝えします。そのうえで必要であれば、訪問のご相談をします。
査定のために一度伺い、成立したら後日もう一度引き取りに伺う。写真が先にあれば、この往復が減ります。日程の調整も早く済みますし、そもそも見当違いの訪問がなくなります。
売る側にとっても、買う側にとっても、その方が無駄がありません。
先に捨てないでください
出張買取で、もうひとつよくあることがあります。
「価値がないと思った本は、先に捨てました」
これは、やめておいた方がいい。
本の価値は、見た目では分かりません。
立派な函入りの全集がほとんど値段にならない一方で、薄い展覧会図録や、小さな冊子、昔のカタログ、何でもないように見える印刷物に値段が付くことがあります。
例.

竹久夢二 挿絵スケッチ集 [書込み数枚あり、彩色数枚あり]97枚 木版
持ち主にとって大切だった本と、いまの古書市場で評価されている本は、一致するとは限りません。
ですから、
「これは古そうだから価値がありそう」
「これは薄いから捨ててもいいだろう」
と、先に選別する必要はありません。
捨てる前に、そのまま本棚を撮影してください。
それで十分です。
なぜ、写真で判断できるのか
写真である程度の判断ができるのは、勘ではありません。
私は定期的に東京へ行き、神保町や五反田の古書市場で本を見ています。
市場では、とにかく大量の本を目にします。
どんな本に札が入っているのか。
どの分野がいま動いているのか。
以前は評価されていなかったものが、いつの間にか評価されるようになっていないか。
そういうものを、繰り返し見ています。
査定に伺って本棚を見たとき、「これは少し気になる」と手が止まることがあります。その感覚は、それまでに見てきた物量から出てきているものです。
物を見る仕事に、たくさん見ること以上の近道はありません。
もちろん、分からない本もあります
一方で、何でも分かるわけではありません。
たとえば法律関係の専門書は、本棚を見ただけでその場で正確な金額を出すのが難しい。
そういうときは、分かったふりをして金額を付けません。背表紙を撮影させていただき、いまの流通状況と相場を調べてから査定します。
逆に、美術、デザイン、建築、家具、展覧会資料。長く扱ってきた分野であれば、本以外のものにも目が留まります。
古書の買取で伺った先で、家具や絵画、ポスター、古い印刷物のご相談を受けることもあります。本を見に行ったつもりが、思わぬものが出てくる。
本棚は、その人が何を見てきたのかを残している
一軒の家に残されているものは、本だけで完結していません。
その人が何を研究してきたのか。
何に興味を持っていたのか。
どんなものを集め、何を手元に残してきたのか。
本棚を見ていると、その人が歩いてきた時間の一部が見えてくることがあります。
だから査定は、一冊いくらと値段を付けるだけの仕事ではないと思っています。
何を残せるのか。何なら次の人へ渡せるのか。それを判断することも、古書を扱う仕事のうちです。
まず、本棚を撮影してください
相見積もりでも構いません。
ほかの古書店に相談したあとでも構いません。
専門書ばかりで、価値があるのか分からない状態でも構いません。
自分で先に選別する必要もありません。
スマートフォンで、本棚全体と、背表紙が分かる写真を何枚か。そこから始められます。
写真を見れば、「伺った方がいいのか」「写真で査定できるのか」「自分では判断が難しい分野なのか」をお伝えできます。
売る側にも、買う側にも、その方が無駄が少ない。今回の出張査定を終えて、改めてそう考えました。
大西 健
古書店「ヘルベチカ」店主。
福岡を拠点に
建築・デザイン・写真・美術など
視覚文化に関わる古書 を扱っています。


